安原地区を含む一帯は、古くは「安佐端野原(あさはのはら、麻葉野または浅葉野とも表記)」と呼ばれ、景勝の地として知られていました。

地区内の県護国神社の境内に、乙女の恋心を詠んだとされる「紅の浅葉の野らに刈る草の束の間も吾を忘らすな」(万葉集第十一巻収録)という歌碑があります。

城下町が整い始めた安土・桃山時代のころに、「安佐端野原」の頭尾を採って「安原町」という名ができたようです。
この地区は、旧城下町の北部に当たり、北国脇往還(善光寺街道)が通っていることから、往来の人々でにぎわう商業地域でもありました。
現在ある11町会のうち8町会に当たる部分が、江戸時代前からの町割りで段階的にできた町で、町人と武士の居住区が、はっきりと分かれていたようです。

地区内には「県宝橋倉家住宅」など、いくつかの武家屋敷が現存し、小路なども含めた現代地図の多くの部分が、江戸時代の地図とも重なります。


「常法寺小路」は、松本城下町十景に数えられる古い時代の雰囲気を残す小路で、入り口には屋根の長さが前後で違う「招き造り」という、商家独特の建物が見られます。

また地区内には、食い違いの十字路やT字路が多く、「鍵の手」と呼ばれるクランク状の道も残り、城下町に侵入した外敵を混乱させることを目的とした、戦国の世の名残をとどめた町づくりをしのぶことができます。

人口は4858、世帯数は2300(2012年12月1日現在)ですが、地区内には信州大学の松本キャンパスがあり、県松本美須々ケ丘高、県松本盲学校、信大附属松本中、同松本小、旭町小、桐保育園、いずみ幼稚園、信大附属幼稚園などがあって、朝夕は通学通園でにぎわいます。
全国唯一の刑務所内中学校として有名な、旭町中学校桐分校は、同地区の松本少年刑務所にあります。
信大キャンパスの敷地は、旧陸軍歩兵第五十連隊の兵舎などがあった所で、連隊の糧秣(りょうまつ)庫であった赤れんが造りの建物は国登録有形文化財に認定されました。

松本市総合体育館も地区内にあります。

歴史マップで町づくり ~住民による熱心な研究~

現在の安原地区公民館がある場所には、蚕糸業が盛んだった大正・昭和の時代に、県蚕業試験場松本支場と同講習所松本支所がありましたが、周辺に広がっていた桑畑も、いつの間にかなくなり、今では記念碑を残すだけとなりました。

公民館では現在、地区内外の多くのサークルが、活発な活動をしています。

2006年に結成された「安原地区歴史研究会」は、「地域住民たちにより、地区の歴史や文化を掘り起こして、町づくりに還元する」という趣旨で集まった会です。

講座を開いたり、聞き込み調査なども重ねて、地区の歴史マップを作り、調査内容をまとめた冊子も発行しました。
公民館では、この冊子を基に、旭町小学校社会科資料集「安原地区の町の成り立ち」を作成しました。

 

 

 

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。